西の国から

tombo のまんま
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まあ、こんなにごちゃごちゃしているところで、よーやるという話で…。
21インチのモニターって場所とります。この机けっこう大きいんですが(いただきものです)、ちょうど台形の大きさにモニターに取り囲まれています。正面は19インチの液晶モニター。さすがに21インチのとなりだと小さく見える。一番右端が定番17インチのモニター。この17インチで見ると、多くのHPがA4サイズを基本サイズにする理由がよっくわかります。
で、なにをしているかといいますと、あっちやこっちからデータをそっちに移動させて、あそこに入れる準備。って、なんのこっちゃいな(笑。
我が愛機はただいま充電中です。う〜んと、オレンジ色のランプが付いているのが見えるかな?
表面がごらんのようにピッカピッカの光沢のある仕上げになっているので、下手にフラッシュがたけない。見にくい画像で申し訳ない。
毎日元気に通勤のお供です。音楽だけなら、数日充電しなくても持ちます。昼休みにサボってビデオを見るとやはりヘリが早いですね。それでもまだ出先で電池切れになったことはないです。
ビデオファイルを転送しているときは時間がかかっていたんですが、そらサイズが違いますから。MP3の転送はあっという間。CD一枚くらいなら、ササッとすばやくすみます。
なの』 がどうしたっ。こっちだって、ピアノ仕上げの光沢だ〜い。指紋つきまくりっ。
ついに 「我が子」 という愛称がつきまして。
「子ども元気か?」 さんざん見せびらかした連中に時々からかわれていますが、それさえ嬉しくなっちゃうという親ばかぶりで、いやぁ、ちょっと自慢をしたくなっちゃいました。新機はいいよぉ〜。

SONY HMP-A1
HMP-A1
物を愛せるなら容れ物も愛せる
まだ格闘中
使ってみて思ったこと
ビデオ変換ソフト


郊外の小さな村に住んでいる同僚が、ビニール袋にトマトを入れて持ってきてくれました。この夏三度目です。

このトマトは彼の庭にある家庭菜園でとれたもの。不揃いで、傷が入って見た目には決してきれいなものではないのですが、美味いのです。
必要な時に畑から要るだけ捥いで食べるので、自分の番がくるまで枝に付いたまま熟成したトマトです。このトマトを食べて以来、町中のスーパーで売っているトマトが味気なくなってしまいました。
最初に食べたときあまりに感激したので、こうして時々持ってきてくれるのですが、そろそろ今年のトマトの収穫期も終わりそうです。

季節の食べ物を一年中食べることが贅沢だった頃がありました。
今は、熟れた旬の野菜や果物を食べることが贅沢になりつつあります。
ブログを立ち上げ、記事を書くことは自己主張。
そこにアクセス数なんてのが関わってくると自己顕示。
願望に欲が入ると必要以上を求めてしまいがち。

社会で調子にのって自己主張しすぎると、潰されて自己嫌悪に陥る。

このパラドックスの二つの世界を行き来しながら、いつまで正常が保てるのか。
所詮、ネットは架空の世界でしかないのか。

いや、学校行きたくないよ〜症候群は別に今始まったことでもなく。
私は、20年ほど早めの早期退職したいだけです。

そりゃ、怠け者なんだよ。
はい、否定した覚えはありましぇん。
映画に関する話題は、やはり画像を入れたいと思い、amazon.com に登録し 別のブログ に書いているのだが、MY DOG SKIP という映画から William Weaks Morris という作家へたどり着いた。
米国では著名な人らしいのだが、彼の活動範囲が日本にあまり関わることがなかっためか、ウィリー・モリス という名前で検索をしても日本語での情報があまりない。彼の生い立ちやライターとしての活動を調べながらとても興味深い人だと思った。

血気盛んに若かりし頃は (今も "気" だけは若いつもりだけどね)、知らない、もしくは知ることのない事実に対して 「それではいけない。すべての人に伝えるべきだ」 と憤慨したものだが、近頃、溢れかえる情報時代に彼のようにデータベースから少しはずれ、知らないままの人があってもいいではないかと思い始めた。

例えば、遠いどこかの国の外国人が知らなくても、彼を実際に知っている人は忘れることはないだろう。それが、彼のように著名な人物ではなく、ごく一般の人であれば身近な一握りの人々の記憶だけに留まり、やがてそれすらも覚えている人がいなくなれば消えてしまう。それでいいじゃないか。
つまり、彼だけでなく、誰にとっても大切なのは生存中のことであり、残された我々が過去を引っ張り出してきたり、思い出に浸ったりすることは、我々自身のためであるということ。

William Weaks Morris のことは映画を観るまで知らなかったし、こうして調べなければ、存在さえ知らなかっただろう。おかしなことだが、それが嬉しかった。自分の知らないところで、慈しまれるべき場所で、慈しまれるべき人々に大切にされている思いが、きっと数え切れないくらい程あるんだろう。
亡くしたことに、嘆くことに慣れたら、振り返って出会いがあったことに誰ともなく感謝することができるようになる。それは、誰かに伝えたい思いではなく、自分自身に見出したい感覚。

亡くなった人ではなく、残された者の思い出に対する供養である。
以前、職場で 「また明日」 と言って別れたばかりだった同僚が原因不明の突然死で亡くなり、安置されている病院の礼拝堂に行き家族と向き合ったことがある。

そういう時、日本では 「御愁傷様」 と言うんだろう。こちらスペインでも同じようなケースで使われる言い回しがあるのだが、何かの儀式や儀礼で取り交わされる決り文句にしか思えず、どうしても口に出すことができない。

当時彼は34才くらいだったと思う。働き盛りで誰もおそらく本人も考えもしなかったことに、ただただショックで泣くばかりの母親や、家族に対して 「御愁傷様」 という言葉はあまりにも不似合いで、その決まり文句を吐き出そうとしながら、吐き気さえ覚えた。
結局、母親の肩に手をかけて 「大事にしてください」 と、そのまま泣き崩れる母親を抱きかかえてじっとしているしかなかった。

社会的交流があると、どうしても似たような場面に繰り返し遭遇せざるを得ないのだが、誰かが口にしたり、書いているのを見ると、奇妙なシーンを見ているような気持ちになる。あれは、踏まないといけない儀式の手順なのだろうか。
未だに、その挨拶を言う事が出来ず、何も言わないまま、普段通りの会話を続けていたりするのだが、もしかしたら、「こいつ、礼儀を知らんヤツ」 と思われているのかもしれない。

このこだわりは、どうしてなんだろうかと考えてみるのだが、感情を他人が作った出来合いの言葉で表現することができないという、頭の堅さに原因があるのかもしれないと思ったり、自分で意味が理解できない言葉を使おうとすることが間違いなんだと言い聞かせたり、訃報を聞いて、電報の文句探しをしているような違和感が罪悪感として残るのかなと、くだらな言い訳をしている。
MP3プレーヤー HMP-A1 ですが、ビデオプレーヤー HMP-A1 でもあるわけです。日本ではビデオカメラやTV録画で重宝するだろうこの機械ですが、ビデオを持っていない人やそれほどTV番組に執着しない人(いずれも私)は、市販DVDビデオ再生に興味を持つわけです。当然、一般のコピーソフトは市販DVDのコピーが出来ないわけですが、まあ、世の中探せばどこかにある救いの手。

Pocket DVD Studio

もともと Palm 用に購入したソフトです。当時はまだリリースしたばかりで、HPもいかにも個人の手作りという感じだったのですが、あっという間に本格的になりました。
私はこのソフトを PalmGear というUS系のPDAソフト販売サイトから購入したのですが、久々にこのサイトを訪れたらもうここでは扱っていません。直接販売、直接収入に変えたんでしょうね。それほど、このソフト需要があるということでしょう。

このソフトが作り出す avi ファイルは、PC、PDA、PSP 上で再生可能です。私が購入したのは初代バージョン。現在は 3.5 が出ていますが、随分使いやすくなっています。私もアップグレードバージョンを初代バージョン購入で得たライセンスキーで割引価格で購入しました。
画質、画面サイズ、音質など広範囲で選択できます。プレーヤーが良ければ、音楽CD並のステレオ音声でのビデオが楽しめます。

さて、PAL、NTSC の再生録画は PC 関係なら問題ないのは常識ですが、今回思いがけず嬉しかったのは、もう一台のPCで見ていた Region code 1 つまりアメリカ、カナダ用のDVDを avi ファイルに変換しメインPC並びに HMP-A1 でお手軽に見ることができるようになったということ。いやね、Region free のDVDプレーヤー英国あたりから買おうかなと思っていたくらいですから、なんつーか、タナボタの感激ですね。
そうそう HMP-A1 はビデオ端子からTVに接続することができます。
ま、これで英国からの輸入はなくなりました。
HMP-A1
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