OperaMini に新しいバージョン3がでたようですね。Palm: Treo 600, Treo 650, Tungsten C, Tungsten T3, Tungsten T5, Palm T|X, Zire 72 y LifeDrive に対応しているということですが、ここにTreo680 も Treo750v も出てこないのは、こっちじゃ検証する人があんまりいないってことなんでしょうか。OperaMini のインストールには、あらかじめ IBM の Java WebSphere Everyplace Micro Environment v5.7.1 をインストールしておくこと。その後、OperaMini は PDA から http://mini.opera.com にアクセスし直接ダウンロードする方法と、PC から Opera Mini にアクセスしダウンロードする方法がある。ふむふむ、これまでと同じやり方ですね。 新バージョンによる変更箇所のリストは こちら(英語)。 La compañía noruega Opera Software ASA ha alcanzado un acuerdo con Telefónica Móviles para incorporar el navegador web Opera Mini en los móviles de la operadora española. OperaMini には西語バージョンもあります。スペインの電話会社 Telefónica が ノルウェーの Opera Software ASA と合意し、Opera Mini をSony Ericsson や Nokia の携帯電話のナビゲーターとしてプリインストールすることになったそうです。私の Treo650 の OperaMini を3にバージョンアップするかどうかは、こちらのユーザーの検証待ちにしようかなと思っています。なんせ ROM に入れてるもんで、面倒なだけに出し入れの数は少なければ少ない方がいいかと…。 ![]() Agendus の手書きメモ ほぼ日手帳 って言葉を時折見かけるようになりましたが、最近流行っているんでしょうかね。 これを見ていると、私が PDA に走る前に使っていたシステム手帳を思い出します。歴史は繰り返すというか、やっぱり手で書き込む手帳というのは人間捨てられないのでしょうね。ボイスメモなんてのもありますが、メモを取る手間は省けても、書いたものを見ることができなけれなければ覚書メモとしては使えません。 Treo にもメモ帳はありますが、ペキペキとキーボードで入れるメモはその辺の紙に書きなぐるメモとは違ってきますね。 ![]() BugMe!+ 「それでも、PDA で手書きメモをしたい」というのを満足させるためだけに、手書きソフトも入れてますが、それでなくても字が下手なのが強調されてあまり使ってませんでした。 でも、日本語じゃなくアルファベットや数字ならかなり判別しやすくなるんですね。と、最近気がつき Agendus の手書きメモも以前と比べて使用頻度は上がってきています。 意地でも一度捨てたシステム手帳に戻るまいと必死なんですわ。
ついこの間、夏休みが終わったばかりのような気でいるのに、TV では香水や玩具の宣伝がやたら増え、冬というにはまだ早いというのにクリスマス準備に急き立てられているようです。
さて、日本も欧米化されているとはいえ、伝統ある欧州のクリスマス準備はなかなか大変なようです。私個人には縁遠いことなのですが、そんな状況を垣間見ることの出来る記事を見つけましたのでご紹介します。 ■一人当たり平均904ユーロ(約138,210円) ![]() 某企業の調査によるとスペイン人のクリスマス経費の多くは贈り物に注ぎ込まれているそうだ。予算の57%にあたる約520ユーロが贈物になっているのに対し、普段の食事に対する超過分として218ユーロ、パーティーなどへの外出費用として167ユーロが割り当てられている。 ■欧州最高はアイルランドの1,330ユーロ(約203,348円) ![]() 最も倹約家はドイツの435ユーロ。フランス548ユーロ、イタリア669ユーロ、そしてポルトガルが中間の588ユーロである。 この消費率は、まだ不況が続いているといわれるスペイン経済の先の見通しは異なるものである。国民の半数は昨年の消費を下回るだろうといわれているにも関わらず、昨年度を6%上回っている。 ■予算はあってもどう使えばいいのかわからない。 ![]() ■現実と理想の差 ![]() 『衣類と本』 は子どもたちにとって悩みの種のようである。百人中一人か二人の子どもしかそれらを期待していないのに、両親は大量の 『衣類と本』 を買い込みプレゼントをしようと手薬煉を引いているのである。 自分が幼い頃と比較してみようとしても、当時はクリスマスなんて24日の夜に父親が買ってくるアイスクリームケーキがすべてだったので、さっぱりわかりません。お正月のお年玉も親戚は遠く離れていたので、薄っぺらいポチ袋一枚で両親には楽勝の贈り物シーズンだっだでしょうね。 ![]() 待ちに待った Palm OS Treo 680 がいよいよ12月1日から発売開始されるようですね。 米国ではアンロックタイプは 399$(*約47,500円)、Cingular Treo 680 はそれよりも数日早い11月24日(金)が発売日で、価格は 199$ とか。 スペインでもアンロック版は価格 499EUROS(*約76,300円) (送料込み)で予約を既に受け付けており、Treo 750v と同じく Vodafone が販売するのではないかと言われておりますが、これはまだ噂の段階で確認されていないようです。 *今日のレートで計算しましたけど、なんか、ドルとユーロで随分差がありますねぇ…。499ユーロはちと高すぎるように思えます。 私は Vodafone ではないので、これで我慢する理由が増えたとこじつけておりますが、巷でアンテナのない白や、赤や、橙色の Treo を見かけたらきっと涎がでるでしょうね。とはいっても、アンテナなしの Treo どころか、Treo650 すらいまだに見かけたことがありませんので、私の近辺の Treo ユーザーは極力私を避けているか、活動範囲が全く異なっているか、非常に少ないかのどれかでしょう。 アンテナのついていない Treo も魅力的ではありますが、エレベーターのボタンを押したり、電車の開閉ボタンを押したり、うちのオフィスの出入口にあるセキュリティ用暗証番号ボタンを押したりできなくなるじゃないですか。 すんません。いまだにひとりでウケてます。
Pedro Martínez de la Rosa toca el cielo
もし Juan Pablo の代わりになっていなければ、マクラーレンの来期ドライバーは疑うことなく、Lewis Hamilton だったろう 質問:ポシティブ?ネガティブ? De la Rosa: とてもポシティブ! テストドライバーで始まったシーズンをオフィシャルドライバーとして終わったんだ。8レースに出走し、自分にとって F-1 で初めての表彰台に上り、鈴鹿を除いては常にポイントを獲得して、11位でシーズンを終えることができたんだ。 評価が上がったと思いますか? こだわりは、昨年のバーレーンで無くなった。それからのレースは多いに楽しんだよ。僕の大きな目標のひとつは F-1 で表彰台にあがることだったから、ずっとそれを追いかけていた。そしてそれを達成してから、レースを楽んでとても充実していた。優秀なドライバーや車と勝つために競い合うことができた。それ以前は競争力のあるチームで走る可能性が無かったから、そういうことには慣れていなかった。 テストドライバーとしてシーズンが始まり、6月に Montoya の離脱によりオフィシャルドライバーになりました。その経緯をどう受け止めていますか? 走るための準備はテストだとしても肉体的にも精神的にも常に準備はしていた。もし来年僕がオフィシャルドライバーになれるならすばらしいね。でも、もしテストドライバーであっても、同じ役割を勤めるだけだよ。それが常に良い状態でいられる最高の方法なんだ。いくつか錆付いたスタートや、もっと速く走れた予選もあったけれど、後半にはレースもスタートも良いリズムを掴んでいたので満足している。それに、車から降りたときいつもサーキットでは出来る限りのことをやったという満足感があった。 ![]() Google にアカウントを作ってから、いろいろと Google モノで遊んでいます。最近になって気づいたのは、Google News でカスタマイズをすると、日本だけでなく、各国のニュースも見れるということ。同じ画面に日本語と西語で表示されているのを見ていると、なんか感激しますね。 「Unicode(UTF-8) で日本語にもラテン文字表記にも対応しているんだよ」って、言われちゃあそれまでですが、同じマシンで各国語に対応できるなんて、海外で Windows95 時代を通り越してきた人たちには、鼻水ズルズル物ではないでしょうか(←私)。 Palm も、そうなってくれないかなぁ…。(やはり話しはそっちに流れるか) まあ、同じ機種を二つも並べて、バカみたいにニヤケているわけですが、ハードがぶっ壊れるなんてことは、硬い石の床に叩き付けでもしない限り、そうそうおきるものではありません。一生 Treo650 を使い続けるんだと、豪語しているわけですが、ひょっとして永住するつもりなんですか、私{/face_ase1/}? んなことは考えてもいないことでして、てか、Treo650 の長期計画は建てても自分のことになると、来年どこで何をしているのやら。 このままでは、Treo650 が携帯電話で使える国を渡り歩いてたりするかもしれません。つーことは、日本へは戻れない。なんとかしてくださーい。 本当は日西語共有できる機種ってことが優先するので、日本製でも米国製でもなく西語のインストールされた欧州版が必要なんですけどね。それにしても料金形態は別にしても、カードを入れ替えるだけで世界中どんな機種でも使えるようにならないでしょうかねぇ。 ![]() iambic さんからお知らせメールが届きまして、Agendus と Agendus Mail のバージョンがまたまた、それぞれ11.05 と 5.24 にアップデートしたとのことです。 Agendus を使い出したのは今年の5月からなんですけどね、もう随分アップグレードを繰り返している気がします。Premier Edition が出てからは、Agendus と Agendus Mail を別々にアップグレードする必要がなくなったとはいえ、「え、またですか」 と思ってしまいます。 というのも、少ない RAM をカツカツに利用している身としましては、両ソフトの容量は決して無視できないものがありまして、よって強引な ROM カスタマイズで空いた所に放り込んで使用しているのです。 ROM に入れているのは、以下の三種類。 ActNames.prc …… 1,906 KBTinyChart は、アップグレードの時にいつも上書きするかどうか聞いてきますが、その度にキャンセルするシロモノ。要するに入れっぱなしで、一度 ROM に入れてしまうと後は忘れてしまっていいのですが、あとの二種が問題です。バージョンアップは ActNames.prc と iambicMail.prc に対応していますから、そのまま入れっぱなしというわけにいきません。 アップグレードしたあと、SDカードにコピーし、ROM Tool を起動し吸い出した ROM にコピーしたファイルを上書きして、再び ROM に入れなおします。 この作業をですね、この半年間に何度となく繰り返しているのです。アップグレードによってアプリが向上していくのは大歓迎なんですけどね。作業を考えると、ちと面倒くさいと思ってしまうのです。 一部の(?)巷で盛り上がっております 750v と 680 モデルですが、日本の皆様の動向はとても気になるところです。まして、ここしばらくパッとした新機のニュースがなかったですからね。「じゃあ、あんたはどうなの?」といわれましても、最近二代目Treo650を入手して手に手を取って添い遂げる覚悟(『おさん茂兵衛』か?)でございます。それでも、比較くらいはやってたりします。
それにしても、新規モデルの発売で Treo650 が値上がりするとは思いませんでした。 364.95eur で入手した二代目がいっそうかわいくなってたりします。 ![]() 即行・即決ができないと、どうしても待機状態に入るわけですが、忍耐ってのはストレス溜まりますね。考えてみれば人生の半分以上を待つことに費やしているわけで、ああ、勿体ないと不埒にも暇つぶしに精を出すのですが、気分的やはり落ち着きませんからいまいちのめり込めません。で、ついつい他動的な気分転換を求めてしまいます。日本からの訪問客に100%お任せ体制になっていることがあるのですが、なんとなく解るような気がしてきました。 相も変わらず出口を求めてダラダラとくだらないことを綴り、向上の兆しが皆無であるのを再確認してまたより深く潜行しています。 「今日はハナ金じゃないか」古いと言われようが、なんだろうが明日は休みという事実にもう少し明るくなれよと思うのですが、陽射しまぶしい陽光を浴びながら帰途についた夏と比べると、お星様にも出会いそうな真っ暗な夜空の下をとぼとぼ帰る冬時間は寄り道の元気も残っていません。 昔日本でよくやっていた仕事のあとに同僚と飲み屋へくり出す仕事の延長とは異なります。私的な時間を有効に使う。それが、暗い夜道を帰宅して、PCの前に座って、ネットサーフィンなんて、トコトン暗いやないですか。世間も暗いし、ニュースも暗いし、巡回先も暗いし、ホンマ不貞寝するしか思いつかんのですわ。 ![]() 子供用品販売店のショーウィンドウにモービルが飾ってありました。童話の世界からそのまま飛び出して来た様なシンプルな玩具がぶら下がっています。子どもたちの世界がそんな他愛もないものに包まれているのはいったいいつまでなのだろうと、記憶にない幼少の頃を思い出そうとしていました。 我々はいつの間に無邪気な頃を捨ててしまったのでしょうね。そこここで見かける子どもたちに、両手いっぱいに広がる未来があると言えない自分があります。 気づくと、ウィンドウには秋晴れの鮮やかな青い空が映っています。この空だけは変わって欲しくないですね。 ![]() やっと価格が表記されています。思ったより高い。€ と$って今たいして差がないはずなのに…。ぶつぶつ。 首都マドリッドにかつて自殺の名所なる場所がありました。東西に伸びる車道と、南北に伸びる二つの車道を上下に交差させ、その交差部分の上の道路の柵を乗り越えて下の道路に飛び降りるケースが何度かあったと聞きます。クリスチャンの数が圧倒的ですから、どこかの国と比べると、自殺というケースは比較的少ないと思いますが、それでも何かに絶望して自殺を選ぶ人はいるようです。もう何年も前になりますが、ある日思春期の女の子が自殺を決意しました。それでも一人では思い切れない。そこで連れションならぬ、連れ自殺を友人に持ちかけその自殺名所へ向かったのです。 さて、いよいよとなると、付き合いでやって来ていた女の子は当然二の足を踏みます。 「ねー、やめよーよ。私、死にたくない」 「えー、そんなの約束と違うじゃん」 そんな会話があったのかどうかはわかりませんが、飛び降りる、飛び降りないで揉めている内に、付き合いで来ていた女の子が、高速で車の行き交う下方の車道に落ちてしまったのです。 さて、その後生き残った自殺志願の女の子がどうなったのかは知りません。生き続けることになった彼女の悲惨な現実を単に自分の好奇心を満足させるために知りたいとも思いません。しかし、当時大きく報道されたそのニュースのあと彼女が再び死を選んだニュースは報道されませんでした。ということは、彼女が生き続けている可能性の方が大きいと思うのです。 「死んでやる」の裏にはそれで腹いせをしたい気持ちがあると思いますが、その気持ちを満足させるには、死んでしまった後に甦らなければ本人にとって何の効果もないのです。 ある意味、その腹いせのその後を友人の死を代償に目の当たりに見ることになってしまった彼女が、死んでしまった後で戻ることなどありえない、つまりはすべては生きているからこそ起きるべきことと思い直してくれていることを願うばかりです。
先日夜半、私鉄線に乗っていた時のことです。トンネルに入ったところで電車が止まりました。ちょうど、街で遊んだあと帰宅中の若者の一団も同じ車両にいまして、まあ、そのノリでしょうね、「ギャー!」、「ワーッ!」とすさまじい悲鳴を上げて当人達でふざけていたのですが…。
そのうち、一時的に車内の電気が消えることが何度か重なりました。夜10時頃のことでしたが、それにもましてトンネルの中です。車内の電気が消えると完璧な暗闇になります。 この路線は、運転手のみで車掌はいません。車両間での行き来が出来ないので、各車毎に孤立しています。当地のお決まりで、状況説明のアナウンスもありません。 さて、若者達のふざけた悲鳴が真剣な驚きのこもったものになり始め、その叫び声に神経質になった若い女の子がひとり半パニック状態。車両内にある緊急用の通話ボタンを半泣きになって押し続けています。 キャーキャー言う若者達に、近くの大人何人かが、落ち着かないとそれに驚く人もいると注意していますが、自分達の上げた叫び声に自ら影響されて、彼らも神経質になってしまっているため、例の気弱な女の子と一緒に通話ボタンを押し続け、果ては車両の外に出る方法がないものかと思案する始末。この間20分も経っていません。 運転手の放送があったようですが、聞き取りにくい放送とその騒ぎのせいで状況の把握が不可能な状態で、若者達はますます顔色を変えていっそう神経質な状態に陥っていきます。 さて、その間、その状況を半分楽しみながら現状に似た笑い話も含め、かなり冷静に対処していたのが私のまわりにいた30歳前後の女性達。ひとりが自宅に電話をして、ある特定地区で急な寒波でいっせいに暖房を使い出したため、地域一帯が停電してしまったとのこと。つまり、それによってその近辺の駅も停電となり、回復するまで待つしかない状態だということです。こちらでは、そんなことは日常茶飯事ですから、まあ半時もまてば回復すると腰をすえて待てばいいものを、やはり例の若者グループはパニくっています。 私の斜め前に座っていた女性が、にっこり笑いながら、状況を簡単に説明して「大丈夫よ」と言っているのですが、当の若者は耳まで真っ赤にして、たぶん言っていることの半分も理解できる状態じゃないですね。 彼らの年齢、17歳前後と想像しますが、こういうザマをあからさまにみせられるとかすかに残っていた期待もガラガラと崩れてしまい、「頼んねぇなぁー」のひと言です。 私はといえば、予備電源で保っている照明が消えてしまっても、Treo650 をつけた明るさと、常に予備電池も携帯しているので、「ま、真っ暗闇になるのは当分さけられそうだな」と、ひそかに Treo650 の出番を期待していたのでありました。 このところ何もする気力が無くてダラダラしています。ちと早めに帰宅しても、稼いでいるのは一時間延長程度なので、大した事は出来ないと一時間早く寝床に入って一時間早く目が覚めるというバカなことをやっています。仕事中の時間は延々と終わらないように感じるのに、仕事を終えたとたんにナマケモノのようにスローな動きに対して、時間が超光速で進んでいくような感じはなんででしょうね。 「こりゃいかん」と、先週発売になったばかりのDVD「ダヴィンチ・コード」を買ってきまして、この作品は映画の後に原作を読もうと常々思っていたので、さっそく原作も入手して体制だけは整えました。毎日少しずつでも読めばいいのでしょうが、既に読んいる本の再読ならまだしも、初めての本は一気に読んでしまわないと気がすまない性質です。平日に1〜2時間の読書ってのは耐えられません。で、本を読むにも「よっこらしょ」と結構な意気込みでかからなければいけないのに、ダラダラが邪魔しています。 その間に仕事をサボって、本の中で取り上げられている諸々の事項についてネットで検索。さすが地元欧州だけあって結構あります。仕事はする気にならないのに、サボるとなると力の入れ方が違うのもダラダラの影響です。 「ナンカおもしろいことない?」と、他人まかせにせずに、自分で奮起しなければならないのですが、一向に上昇気流をつかめない停滞状態が続いて便秘になりそうです。今週末、読書に取り組めるのか、またダラダラと何もしないままボーッと貴重な週末を浪費してしまうのか、まだわからない状態です。 ![]() 日本から出張で欧州に来られる方もいらっしゃるのではないかと思われます。到着便に関しては問題ありませんが、欧州から出発する便には該当しますので、ワインなどお土産に買って手荷物では持ち込めないという厳しい状況になっています。 ◆機内持込み手荷物の制限◆PCなど持込可能ですが、電気機器はすべて、コントロール通過時に手荷物から出し、貴重品や鍵などと共にトレイに入れて申請しなければいけないとなっています。ということは、私の手荷物は電気機器だらけですから、トレイに機器が山積みになりそうです。まあ、Treo650のおかげでもうポータブルPCを持ち歩くことはなくなりましたが、長期出張などで持参される方には痛い規制になりそうですね。 年々、帰国が面倒臭くなっています。 ![]() 巷では、750v と 680 の噂で持ち切りの中、650 を複数入手してしまった、世間知らずの私です。初代がヘタったら二代目を出して…、というのが根拠ですが、初代は中々元気いっぱいで(考えて見ればまだ半年しか経っていない)、寝かしておくのもかわいそうなので(手を出さずにはいられない)ちまちまとROM Tool で遊びながら設定してたのですが、ある日突然思い立って ROM Tool で ROM をコピーし、RascoBackUp で RAM も丸ごとコピーしたら、簡単にクローンができてしまいました(ま、当たり前っちゃぁ、当たり前のことなんですが)。 やはり使い慣れた設定がいちばん使い勝手がいいです。つーことは、新しいソフトを試したい時にどちらか一台を実験台にすればハードリセットの危機に陥っても、な〜んにも問題ないということで、常時携帯電話をオンにしておかない立場上、「こりゃいい考えじゃん」などと一人悦に入っております。 このクローン実験のあと、緑色の電話コネクトボタンの二度押しで立ち上がるはずの過去の履歴が、二度押しになかなか反応してくれず、てっきり二代目はボタンの接触が悪いと思っていたのですが、すんなり立ち上がってくれるようになりまして、いまだに理由がわからないのですが、なんだか得した気分です。 ![]() たまに日本に帰国して困るのがゴミの始末。ごそごそと荷物をまとめて、さあ不要なものを捨てようと思っても、回収日にあたらなければ、捨てることができない。結局実家の家族に捨ててもらうよう頼むしかなくなるのだが、自分で出したゴミを自分で始末できず、他人に委ねるしかないというのは、どうにも後ろめたいものがある。 そこへ行くと、こちらは大きなコンテナが街角に置かれていて、毎日好きな時間に捨てることができる。まだリサイクルの設備が整っていなかった頃は、よほどの粗大ゴミでない限り、なんでも放り込めるコンテナがあり、とにかくガラス瓶だろうがダンボールだろうが生ゴミだろうが手当たり次第に放り込んでいた。 ここ数年、リサイクル用にガラス、紙、プラスチック等に仕分けできるようにコンテナの種類も増えては来たが、なにせコンテナの数が増えるので、どこにでも置く訳にはいかず、まだまだ街角には何でも来いのコンテナが相変わらず顔を利かしている。 この夏、一家で夏期休暇を日本で過ごした友人が、ゴミ処理に関してはスペインのほうが日本より上だとその感想を述べたのに対して、天邪鬼な自分はさっそく、それは違うのではないかと反論してみた。 毎日ゴミを捨てられるという便利さと、リサイクルに関しての意識度とは別物であり、半強制的であっても、捨てる前に必ず仕分けすることが、ほぼ当たり前になっている日本人の意識度と、未だに捨てに行くには距離があるからと、すべてのゴミをまとめて自宅からもっとも近いコンテナに放り込む現地人の感覚には大きな差を感じる。だから、大きなコンテナが満杯になっていないにも関わらず、コンテナの傍の路上に捨てていく人もいれば、仕分けされているコンテナでありながら、何でもかんでも放り込んでいく人もいる。 普通ゴミの収集は毎日早朝にゴミ回収車がやって来る。街角のくず箱も、路上のゴミと共に清掃員が掃除をしていく。その光景は確かに、町内当番制でゴミの日の清掃を担当している日本のシステムと比べると行政がしっかりしているように思えるが、反面個人の意識が低下している。要は、あんたが出したゴミなら、その処理の責任の一部をあんたも担ったらどうだいという単純な理窟である。 自分で出したゴミの始末ができないから、自然と家族であっても「ごめんね」と言いながら、後始末を頼んで帰国する。他愛ないことのように思えるが、これも一種の教育なんだろう。教育は子供だけでなく、大人と称する成人にも生涯必要なことなんだろう。
先週の土曜日に冬時間に変わり、朝七時には八時の明るさになり、薄暗い中に出勤する侘しさは減ったものの、夕方七時には夜八時の暗さになっている。夏時間だと、夜八時はまだ世間は明るく、「さあ、これから何をしようか」と、ちょいと寄り道する元気もあったのに、冬時間になると、外に出たとたん冷たい空気にブルッと震え、真っ暗な夜空に煌々と輝くお月様を眺めながら、ついつい寄り道することも忘れ、帰途へと急ぐので帰宅時間も普段より一時間ほど早くなる。帰宅してPCのスイッチをいれ、お決まりの巡回などしていると、中途半端に時間が余ってしまう。
しかし、ここでハタと気づくのは、こちらの時間が余っているからだけでなく、以前に比べ巡回先に登録していたブログの多くがずっと更新されなくなっている。 個人的に、昨今のメディアのウケ狙いの嘘と誇張と誘導的な報道にうんざりしているので、ありのままをさらっと綴る自然体のブログが好みである。そういう人たちはブログ一筋ではないから、さらっと現れ、さらっと記事を書き、そして彼らの実生活により重要な事が発生すると、「こんなことに時間を潰している暇はないから」と、さらっと消えてしまえる。去り方まで、かっこいいではないか。もしかしたら、ブログ一筋ギンギンにに力を入れている人たちには、その姿勢が反感を買うのかもしれないが、書き手の肩に力が入りすぎると読みづらくなる。それに対して、彼らにとって、ブログは二の次、単なる楽しみ。ウケ狙いなど関係ないから、書き手の楽しみが自然と感じられ、その自然体が暇つぶしに巡回する読み手にはたまらなかったのだが…。 さて、そんな秋の夜長の巡回先の更新がまたひとつ止まり、いよいよ手持ち無沙汰に余った時間をもてあましている。
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